Column いえズーム コラム

編集部マルキタのマイホーム獲得奮戦記 第2回@戦前の民家に住む

不定期で戸建マイホーム獲得までの奮戦記を掲載する。まずは自分がこれまで住んできた住宅の話を少し。アパート仮住まいも含めると、編集部○キタの住宅遍歴は9軒を数える。それぞれの体験や思い出が、自分のなりの住宅観を作ってきたことは間違いない。

広くて寒かった5DK

GoogleMap_kyoto.jpg京都で入居したのは、2階建ての民家だった。敷地は確か40坪弱だから広いわけではなかったが、春になると玄関の庭先には沈丁花の香りが漂っていた。庭木も松など立派なものがあり、植木屋さんに剪定を頼んだほどだ。戦前の建築で自分にとっては今まで見たこと無い広さと畳だらけの室内。玄関の框(かまち)もかなり高さがあって、階段を登るような感じがした。

南向きの玄関を上がると、まず2畳か3畳くらいの前室があった。そしていきなり和室。その脇に板張りの廊下が台所に続いていた。和室の北隣に茶の間があった。台所は古めかしく、薄暗い雰囲気。

GoogleMap_kyoto2.jpg廊下は北側にずっと延びていて、その先に洗面と浴室、北の端にあるのがトイレという古い間取り。


確か、廊下は雨戸を閉めない限りは縁側のようにオープンだったと思う。台風が来ると重い雨戸を閉めていたのを覚えている。

2階建ての家というのは生まれて初めて。玄関横に階段があったが、急で踏み板も奥行きが浅いので、はじめの頃は手を付いて登っていた記憶がある。

white270-900.gif間口が狭いからか、家の中はいつも暗かったが、3人家族で5DKの広さは持てあますほどだった。広さは32~33坪ほどだったと思う。しかし、断熱材も入ってなければすき間だらけの古い家。冬は底冷えした。反面、夏は風も通って比較的涼しかったが、北側の坪庭はいつも湿気がこもっていてカビくさかった。

2階は3部屋あったが、ほぼ自分が独占して使っていた。ミンミンゼミが鳴く頃、2階から軒上の屋根瓦に下りて母親が梅干しを干していた。懐かしい思い出だ。

ストリートビューを見て驚く

この家もGoogleストリートビューで見てみた。一番右上の写真では、左から2軒目が住んでいた場所だが、いつの間にか建て替えられていた。十数年前にぶらり訪れた時は、元の家が残っていたのに。

元の家は、左に写っている角の家と似た感じだった。以前は、同じような家、外構がずっと連続して立ち並んでいたのだ。こんなこと書くと、現在住んでいる方にはたいへん失礼な言い方になるかもしれないが、建て替えて「すっかり台無しにしちゃった」感がある。


下の写真を見ると・・・元の家の隣は建築家が設計したようなモダンなファサードの注文住宅になっている。とても違和感があるけれど。そしてその隣はまた古くからの家。さらにストリートビューを覗くと、その隣は更地になって駐車場だ。

もう、景観は完全に破壊されている。歴史ある都市・京都ですらこうなのだ。


この地で小学校を卒業し、中学校に入ると同時に奈良に引っ越す。
その時の話はまた次回。

2011年07月現在の情報です。詳細は各社公式サイト・電話等でご確認ください。