Story 取材記事

古民家再生に取り組む一級建築士・中村よしあきさん

北海道にもあった! 古民家

北海道・苫小牧市の東、新千歳空港から車で40分かからない町、厚真(あつま)町には、明治・大正期に建てられた古民家が16軒もあり、現在も住宅として使われています。このうちの1軒で明治42年に建てられた古民家を住民の畑島さんが町に寄付し、これをきっかけに町が旧畑島邸を移築、一部を店舗として再生活用するプロジェクトが始まっています。

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〈再建前の民家・旧畑島邸外観〉

※工事は完成し一般公開が始まりました。完成した古民家の記事はこちら。
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開拓時代の北海道には、さまざまな家や建物が建てられました。日本海岸に建つニシン番屋や、入植者のための屯田兵住宅(札幌市西区琴似の琴似神社で見ることができます)、開拓使が建てた豊平館(札幌・中島公園)や札幌時計台などの洋風建築が有名で、農家民家のことはほとんど知られていませんでした。

調査したのはNPO法人・北の民家の会(札幌市)でした。2009年と2011年に同会の理事長で札幌市立大学教授の羽深久夫さんが中心となって行った調査の結果、厚真町には北陸地方・富山県にルーツをもつ「枠の内」と呼ばれる工法の家が16軒残っていることがわかりました。
同じ建て方の家が芦別市や岩見沢市(旧栗沢町)にもありますが、他地域の詳しい調査はありません。「じつは富山県にも枠の内の住宅はほとんど残っておらず、厚真の住宅群は文化財級の民家です」と語る羽深教授。かやぶき屋根から瓦屋根に変わる明治以降、富山でもこの工法は使われなくなったからだそうです。

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〈町が開いた見学会。古民家を地域の誇りと考える人たちも増えてきた。
写真には枠の内の梁が見えている〉

このような貴重な民家を博物館として保存するのではなく、厚真町民や町外の人たちに広く見てもらうとともに店舗として活用するのが今回のプロジェクトの特徴でもあります。
「文化財に指定されれば改築が制約されるため、寒さの解消や水回りの使いやすさ改善といった住宅としての機能を向上させることが難しくなります。今回のようにオーナーが変わり、用途も住宅から店舗に変わっても、素晴らしい民家が長く使い続けられる方が大切だと思います」と羽深教授は意義を語ります。

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〈強度測定に立ち会う羽深教授(左)。図面を手に大工さんと打ち合わせをする中村さん(右写真の左)。
みんな建築が大好き。民家を次の世代へ、という思いは共通だ〉

民家の良さと暮らしやすさの機能を設計する

移築再生の設計を担当したのが1級建築士の中村欣嗣(よしあき)さんです。
中村さんは、地域ごとの暮らしやすさの工夫が集約されている民家の良さをベースに、暖かさや省エネ性、機能性といった現代の機能を加えた「現代の木の民家」を設計のテーマにかかげています。北の民家の会の常任理事として民家の調査に加わり、移築・再生も設計してきました。

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今回の家・「枠の内」は、床と壁、天井で囲まれた茶の間(広間)をひとつの立方体としてつくっていく構造に特徴があります。4.5m四方、12.5畳の茶の間に6本の柱が立ち、その上に「キ」の字のかたちに梁がかかるのが枠の内の特徴です。使われている木材は、柱が20cm角、梁ともなれば30×40cmという現在の工法から見れば規格外の太い材料。柱と梁でつくる軸組工法とは言え、枠の内と現在の工法は使う材料も構造もだいぶ違います。また、100年の間には改築が行われています。

中村さんは、木構造の専門家や民家を扱い慣れた大工さんとも連携しながら、移築の設計を作りあげました。「当初の設計とその後の改築の意図を読み解き、受け継ぐものを選び出すうちに、先人たちが大切にしてきた伝統や、この家の歴史が伝わってきます」とその苦労とやりがいを語ります。

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〈障子やふすまなどの建具も素晴らしい〉

アンティークファン共通の価値観

民家や町家、アンティーク家具類が好きな人たちが増えています。
『新しいことが価値ではない。使いやすく美しいことが本当の価値』『いいものを長く使いたい』『歴史を受け継ぎ、できれば次の世代に渡したい』こういう考えは、いままでの日本にはあまりありませんでしたから、古建築は文化財級のものだけが博物館で生き残り、それ以外は壊されて建て替わってきました。北海道では寒さも大きな原因でした。

「歴史が浅い北海道にも素晴らしい民家があります。ただ民家の現状はとても厳しく、住み手の高齢化などによって、建物が寿命を迎える前に壊される危機に直面しています。そういう民家を新しい住まい手に引き継いでいくことも設計の仕事だと思っています」と中村さん。

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〈柱の強度測定。測定機器が一瞬のうちに強度を判定する〉

建物はすでに解体され、移築再建を待っています。8月末には柱や梁の強度を測定する試験が行われ、道総研・林産試験場の研究員らが柱や梁を1本ずつ強度測定し、100年を経てもじゅうぶんな強さがあることが実証されました。使われているのは、カツラやアサダなど、建設地の身近にあった広葉樹の巨木たち。そして厚真の枠の内づくりは、地元の大工によって建てられたこともわかっています。

再建工事は10月に始まり、2015年2月いっぱいで完成、4月から使用開始の予定です。
建設地は、厚真町豊沢地区にある新興住宅地・フォーラムビレッジ。札幌出身の高田真衣さんが、建物の一部を使ってパン屋の開業準備を進めています。枠の内のつくりなど建物は誰でも見られるように開放されます。
羽深教授をはじめ厚真町の関係者、中村さんなど多くの人たちの情熱で、100年以上前の家に再びいのちが吹き込まれます。

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〈再建の外観パース。大きな屋根がかかるが、建物は平屋〉

参考ページ
完成した古民家の記事
/column/entry-1721.html
古民家が建つ厚真町の分譲地・フォーラムビレッジ
http://www.town.atsuma.lg.jp/atsumyhome/

北の民家の会・旧H邸解体現場見学会
http://kitanominka.jp/archives/1052

屯田兵住宅(札幌・琴似)
http://www.city.sapporo.jp/keikaku/keikan/rekiken/buildings/building34.html

2014年09月現在の情報です。詳細は各社公式サイト・電話等でご確認ください。