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【江別・船木建設】腕の良い大工を育てる工務店戦略

腕の良い大工が育たない住宅業界


1990年代から続く不況の中、多くのハウスメーカー・工務店は、会社の合理化、経費削減を徹底的に進め、生き残りを図ってきました。

住設機器や建具の既製品化・合理化に加え、それまでは住宅会社が社内で雇用、育成するのが当たり前だった大工も切り離し、フリーの大工や、下請け工務店に任せることで身軽になった住宅会社が大半です。

多くの住宅会社が大工育成をやめたので、大工を志す若者も減りました。仕事が忙しい時でも腕の良い若手・中堅大工はほとんど見つかりません。

「納期に間に合わせるためにとりあえず大工の人数確保…」。それは住宅の品質・性能に関わる大問題です。大工の人材育成。この問題に継続的に取り組み、優れた大工を多数擁する住宅会社が江別市内にあります。


目次

優れた大工・現場監督を育てる江別の船木建設




江別の船木建設株式会社は、1959年の創業以来、常に大工と現場監督の育成に力を入れ、大工を通年雇用し、スキル強化や安全対策、「技能士」などの資格取得を積極的に進める人材育成を徹底してきました。




経験豊富なベテラン大工に加え、スキルと資格、現代型の施工技術も身に着けた若手大工も揃っています。



住宅の設計や打ち合わせ、現場監督からアフターメンテナンスまでを高いレベルで担当できる現場監督も充実しています。



大工、現場監督はいずれも社員であり、自分が質の高い家づくりに努力すれば会社の評判が高まり、口コミで依頼も増えるということを、船木建設の社員は知っています。一人ひとりが「船木建設の家づくり」に対する責任感と使命感を持ち、高い設計施工力を発揮する江別屈指の地場大手工務店、それが船木建設株式会社です。

「ごまかしません。」の意図は?


「ごまかしません。」船木建設のスローガンです。

公共建築で数多くの施工実績を重ねてきた船木建設は、施工品質管理や安全対策に至るまで正確で丁寧な仕事を進めてきました。

また、江別市内、江別近郊のお客様から、リフォームの相談を受け、実際に住宅診断(インスペクション)を行うと、住宅の雨漏りや壁の中の木材の腐食、断熱材の性能悪化、他の住宅会社が行った施工の問題点などが見つかることも少なくありません。

こういう場面で、受注を確保したいあまり「壁内や床下の木材の腐れ」など、深刻な状態を説明せず、安い見積もりを出し、外装材を張り替えるだけ、といった「ごまかし」のような施工で済ますリフォーム会社もあります。

しかし船木建設は江別の地域密着の工務店。「ごまかしません。」をスローガンに、お客様に現状と対策を正確に説明し、快適に過ごせる「ごまかしのない」住宅リフォーム施工を提案しています。

新築住宅の場合も、過去に数多くの住宅リフォームを行ってきた経験を踏まえ、住宅の性能や美観、耐久性などの面でどこが弱点になりうるか、経験で知っているので「長く快適に過ごせる」住宅の施工を重視します。

江別密着 年間1000件を超える見積もり依頼も

こうした取り組みを60年にわたって続けてきたことで、江別市内と近郊の方々から少しずつ信頼を集め、今では新築戸建て住宅、住宅のリフォームや営繕、公共建築などを含めると見積もり依頼は年間で1000件以上も寄せられています。

大半が江別市民とその近郊の方です。過去に本人や家族、友人知人などが船木建設で家を建てた方、あるいは口コミで評判を知った方が船木建設を選んでおり、船木建設自身も無理に商圏を拡大せず、クルマで30分程度で駆け付けられる江別に密着した事業を行っています。


船木建設の現社長は1978年(昭和53年)生まれの森木健一氏で3代目社長です。

社長は「船木建設の社内に有能な大工や現場監督が揃っているのは、父でもある先代社長、森木潤一会長の功績」と言います。

そこで今回は、まず森木潤一会長に、地域に根差した工務店経営と大工育成、住まいづくりの重要点についてお話を伺いました。

森木潤一会長インタビュー

森木会長は元大工なんですね?


森木会長 はいそうです。ちなみに私の父も大工でした。早くに亡くなってしまったのでうっすらとした記憶ですが、家でも日曜大工をしていたのを覚えています。

私のふるさとは青森県の三戸町です。高校の商業科を卒業したのですが、経済的には豊かではなく、早く収入を確保したいと思い大工の道に進みました。大工だった父の記憶も関係しているのかもしれません。私自身も、ものづくりが子どもの頃から好きでした。

1970年代頃は、本州の大工が、春に北海道に出稼ぎにやってきて、家やお寺などを建て、冬にはまた地元に戻るという時代でした。私も師匠に連れられて北海道にやってきました。それが北海道、そして大工という仕事との縁です。

船木建設はどんな会社ですか?

森木会長 船木建設は創業が1959年です。創業社長の船木清一さんは樺太生まれの秋田出身。腕の良い大工で納得のいかない施工になったら壊して再度作り直すような気概のある人でした。

私が船木建設の大工見習いになったのは1970年です。当時、大工や建具職人など、現場の職人が社内に50人くらいいて、自宅から通う人のほかに、25人くらいは会社の宿舎で住み込みでした。

現代の家づくりと違って、室内の扉などの建具類は建材メーカーから買うのではなく建具職人が造作しました。建具職人が社内に7人くらいはいたと思います。

私は船木建設で大工になったあと、事務方の仕事も経験し2代目社長になりました。

住宅の新築やリフォームは創業以来ずっとやってきたのですが、特に前半は公共建築や商業施設など、大型建築物の比率が多い「建築会社」としての側面が強い会社だったと思います。

船木建設の60年を振り返ると、新築住宅を年間20棟近く施工していたハウスメーカー的な時代、公共建築を中心とした建築会社的な時代、営繕・リフォームを中心とするリフォーム会社的な時代がありました。

現在は、これまでの経験を生かして住宅の新築・リフォーム、そして公共建築などどれも積極的に手掛けています。

現在は特に住宅会社のイメージが強いですね


右は森木会長。左は船木建設の総務など、社内の足元をしっかり支える「大番頭」の小池康文常務

森木会長 そうですね。今でも公共建築などのお仕事もさせていただいていますが、江別市民の印象では、今ではむしろ住宅会社のイメージが強いかなと思います。

私は、公共建築や大型施設の建築需要は、江別の発展、成熟がひと段落したら徐々に減っていくのではないかと危機感を持っていました。

そこで2000年頃に、会社のメイン事業を「住宅リフォーム」にシフトしようと考え、江別市内の世帯に向けて「住宅リフォーム」のチラシを配布し始めました。


私は、公共建築や大型施設の建築需要は、江別の発展、成熟がひと段落したら徐々に減っていくのではないかと危機感を持っていました。

そこで2000年頃に、会社のメイン事業を「住宅リフォーム」にシフトしようと考え、江別市内の世帯に向けて「住宅リフォーム」のチラシを配布し始めました。

これは、地域のお客様をお招きして行う船木建設の毎年恒例の行事「建築祭り」のチラシです。

リフォームも喜んで取り組む会社だと江別の方々に知っていただきたくて2000年頃にチラシを配り始めました。しかし最初の5年間くらいは何の問い合わせもありませんでした。船木建設は建設会社であり、リフォーム会社としては地域の方に認知されていなかったのかなと思います。

でも、5年近くあきらめずにチラシを配り続けました。すると徐々にリフォームの問い合わせをいただけるようになり、今では住宅リフォーム、そして新築住宅の会社として多くの問い合わせをいただけるようになりました。

2代目経営者としては、先を見据えてどのような変化をしていくべきか、常に考えてきました。その一つが住宅リフォーム部門の強化でした。

多くの人材を育て、雇用する理由は?

森木会長 大工や職人を多く雇って会社を大きくしたいと思っていたわけではありません。私が船木建設に入社した時は今よりもっと多くの大工や職人がいましたし、会社の敷地内の宿舎で住み込んでいる人が多かったのです。



私自身も大工・職人と寝食を共にし、技術を学び、会社全体で仕事をしてきたのが楽しかったので、一緒に働く仲間を減らしたくなかったという気持ちもあったと思います。

大工は、一人前になるまで5年はかかります。でもしっかり育てて一人前になれば、会社の施工力を支える人財になります。私自身が大工出身だったこともあり、大工育成には人一倍関心がありました。

見習いの若い大工を社員として雇用し、通年雇用で金銭面・経済面の不安を解消したうえで、現場でもベテランの大工が仕事のやり方をしっかり教えてきました。

実践だけでなく知識も学べるよう、特に冬は大工を訓練校に通わせました。技能士の資格試験の受験も促しました。そういう面にはかなり力を入れてきました。これは船木建設の家づくりのレベルアップのためですが、大工本人のためにもなります。知識やスキル、そして資格も有する大工なら、将来的にも仕事に困らないからです。

一方で、営業マンを雇ったことはありません。家のリフォームは、家の課題をお客様のご自宅にお邪魔して見せていただき、どこをどう直すか適切に判断し、積算して、お客様にきちんと説明し提案する必要があります。

営業トークの上手さで受注をとってくるということではなく、船木建設に家や暮らしに関するお悩みをご相談いただいた方のために、住宅の構造を理解し、設計、施工、見積もりの部分に至るまで専門家が最初から最後までしっかり対応すべきだと考えているからです。そういう意味でも大工と現場監督の育成が船木建設の軸です。

社長を息子さんに継承した理由は?


左は森木健一社長で右が森木潤一会長


森木会長 一生懸命育ててきた船木建設という会社に愛着は当然あるのですが、私も60歳を超えました。私が社長になったのも40代ですし、息子も船木建設で長く働き経験を積んでいます。

現代の子育て世代の家づくりは同年代の息子たちのほうが理解できるでしょうし、インターネットの対応力など、若い世代に託したほうが良いタイミングだと考えました。

創業社長は私が社長になって以降、一切口出ししませんでした。でも創業社長が築いてきた信頼や会社の実力があってこそ私は好きなように頑張れた。現社長の息子とも、親子で仕事の話をすることはありますが、余計な口出しはしないと決めています。

江別は、札幌に隣接するので、江別市民の中には札幌のハウスメーカーや工務店、リフォーム会社に家づくりやリフォームを依頼する方もたくさんいると思います。そんな中でも江別のお客様を大事にして、頼りにされる住宅会社であれば、船木建設は続けられると思うし、そこは現社長が考えることだと思っています。

続く:江別で住宅リフォームといえば船木建設:社長インタビュー


江別で住宅リフォームといえば船木建設:社長インタビュー

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