バリアフリーの住まいづくりは設計・施工する側にとって、なかなか大変な仕事です。実績がある住宅会社・設計事務所でも、家を建てる人の身体状況や障がいの種類に応じて、その都度新たな工夫やアイディアが求められます。
今回は、打ち合わせや研究を繰り返して完成した、見事なバリアフリー住宅を紹介します。
進行する障がいへの対応
江別市にお住まいのNさんは年齢50代の女性です。生後10ヵ月でポリオウイルスに感染して小児麻痺となり、それ以来両方の下肢に麻痺があります。しかし杖も使わずに、なんとか仕事や日常生活をこなしてきました。
40代後半に差しかかった頃から、筋力の低下や体力の衰えを感じるようになりました。年齢を重ねれば多少ならずとも筋力、体力は低下していくものですが、Nさんの場合はポリオウイルスが感染した神経細胞や筋肉が老化する「ポストポリオ症候群」が原因でした。
なるべくなら杖や車いすに頼ることなく生活したいNさんでしたが、生活の不便だけでなく、足の力が入らなくなることで転倒してしまうことに大きな不安を感じるようになりました。ご両親が亡くなったことを契機に、それまで家族で同居していた住まいを安全で、障がいがあっても自立生活できる住まいに建て替えました。
少ない情報と設備類に苦労
「バリアフリー」という言葉は住宅業界でよく使われていますが、それは高齢者の住まいに対する言葉であることが多いようです。
一方で障がいのある人が自立生活できる住まいづくりの情報を探しても、「どの会社に頼めば対応してもらえるのか」がわかりません。Nさんも大変苦労した末に(社)北海道建築士事務所協会に相談しました。そこで紹介を受けたのが (有)奈良建築環境設計室 です。
(有)奈良建築環境設計室はこれまで、高齢者のためのバリアフリーの設計を手がけていましたが、障がいのある人が自立生活するためのバリアフリー設計は初めてでした。Nさんとの打ち合わせを重ねると同時に研究を重ね、プランニングを進めていきました。
同設計室では、行き止まりのない8の字に回遊できる動線を提案、また道路まで段差なく行き来できる基礎の高さと床の高さを考えました。
Nさんと一緒にショールームに行き、相談しながら設備類の選択や手すりの取り付け方を考えていったそうです。「キッチンなどは介護を前提にした商品がほとんどで、障がい者の自立生活を前提にしたものは皆無に近かった」とNさん。
キッチンは(株)樋口(本社札幌市)の車いすでも使いやすいユニバーサルキッチンをL字型にアレンジしました。また、ダイニングテーブルをはじめとする家具類は、ソファなども含めNさんが使いやすいようオーダーしています。
快適さと機能性を両立
根気強く打ち合わせを繰り返した結果、素敵なアイディアが随所に見られる住まいが完成しました。
平屋建ての住まいの全てのスペースに、車いすでアプローチすることができるよう室内の段差を完全に解消したのはもちろん、毎日お仕事に出かけるNさんがカーポートまでスムーズに移動できるよう、玄関から屋外にかけても完全にフラットにしています。
リビングの大きな窓からは陽が差し込み、庭が一望できます。リビングと庭の間にも段差が無いため、自由に行き来できます。一見雪が積もった時に影響が出ないか心配になりますが、窓のすぐ下側にロードヒーティングを敷設して対応してあります。雪が室内に入る心配を解消しただけでなく、災害時の非常口として機能します。
キッチンやカウンターなどは車いすの高さにあわせてあるだけでなく、車いすのままでも使いやすいよう様々な工夫がされています。
生活動作にしっかりあわせた手すり
注目したのが手すりの施工です。Nさんの生活動作に合わせて、確実な位置に無駄なく取り付けられていました。
生活動作には、ご本人が日々意識しているものだけでなく、無意識のうちに行っているものがあります。無意識の動作を理解し、それに応じて手すりや補助具を付けていくのは非常に難しいようです。今回はあらかじめ取り付けた手すりと、生活し始めてから取り付けたものがありました。
施工を担当した拓友建設(株)は、(有)奈良建築環境設計室が職人さんの仕事の正確さ、しっかりしたアフターサービスなどで厚い信頼を寄せている工務店です。これまで両社で北方型住宅やエコ住宅を数多く手がけています。
「未経験のことが多かったですが、非常に有意義な仕事をさせていただきました。今後は更に勉強を重ねて、福祉住宅に取り組んでいきたいです」と同社の妻沼澄夫社長は話していました。
奈良建築環境設計室では、「設計から引き渡し後までに、障がいを持つ施主様のいろいろなご要望やご本人が気づいていない要望を実現するのは、設計者だけでなく施工者の意識の高さと設計・施工のチームワークがなければ不可能だ」と話しています。今回は、両者が連携してうまくいった好例と言えそうです。
完成した住まいはNさんが想像していたより快適なようです。室内は杖での移動がメインになると想定したそうですが、車いすでどのスペースにもすんなり移動できるため、
「ここに住み始めてから、すっかり車いすばかり使っています」と笑っていました。
屋外への出入りもスムーズで、「お客さんを外まで見送りできるのが嬉しいんです」と、
感慨深そうにおっしゃっていたのが印象的でした。
2010年12月現在の情報です。詳細は各社公式サイト・電話等でご確認ください。