Column いえズーム コラム

歳を重ねるほどに人生楽しい! 西町地区地域ボランティア/望月弘子さん

花のようにきれいなコマは折り紙で。地域のお祭り「味覚祭り」に参加した子ども達へプレゼントしとても喜ばれた。さらに祭りでは手作りの爪楊枝入れを割り箸に添え、参加者を歓迎。温もり感じる細やかなおもてなし。


花のようにきれいなコマは折り紙で。地域のお祭り「味覚祭り」に参加した子ども達へプレゼントしとても喜ばれた。さらに祭りでは手作りの爪楊枝入れを割り箸に添え、参加者を歓迎。温もり感じる細やかなおもてなし。

タオルをゾウにリメイク。子ども達から可愛いと大人気で、このレシピは地域の若い母親達の輪を広げた。


タオルをゾウにリメイク。子ども達から可愛いと大人気で、このレシピは地域の若い母親達の輪を広げた。

地域で輝く人発見!
私が彼女に出会ったのは2007年8月"ふれあい野外味覚祭り"(宮の沢1条町内会)。両手を広げ、「よく来てくれたね~」と明るい笑顔で参加者を歓迎してくれる彼女の姿は、優しさに満ちあふれ、キラキラ輝いていた。今回、紹介する望月弘子さんは、"安心して住めるまちづくり"を目指し、日々尽力を注いでいる。だが、それも「自分のため、自分が住みたい町をつくるため」だと話す。格好つけない、飾り気のない人柄がとても魅力的である。

ボランティアのしごと
高齢者の集い『すこやか倶楽部』の開催では、「何人集まってくれるか不安だった」が参加者の笑顔を想像し工夫と努力を重ねたという。千代紙で手書きの案内状に、旬の食材を使った手作りおやつ、誰もが楽しめるよう思考を凝らした小物作りやゲームの企画。こうした気持ちを込めた望月さんたちボランティアのもてなしは、地域外からの参加者もいるほどの好評ぶりだ。体に麻痺があっても"自分にもできることがある"ことを発見して喜ぶ参加者。それは望月さん自身にとっての喜びでもあり、互いに心震える嬉しい瞬間が互いのパワーの源となるようだ。

自分たちの手で住みよい地域を作りたい
また3年前(平成18年)、望月さんは近隣町内会とともに、札幌市が示す収容避難場所を変更させるという異例の活動も行った。それまで遠く離れた発寒西小学校から町内の『ちえりあ』へとなったことは、どんなに高齢者や乳幼児を持つ親の安心感となったことだろうか。彼女たちの熱心な働きかけが市をも動かしたのだ。私たち若い世代は町内会活動の必要性を実感できない。しかし、自分たちが必要とするものを自分たちの手で開拓していく術(すべ)。このようなことが生活の一部として親から子へ引き継ぐことで、暮らしの質を上げ、尊い命も守ることができると感じた。

頑張った!楽しかった!人生を送りたい
望月さんの活動では、"人の輪(和)"が自然にできてくる。活動に参加してくれる人、手伝ってくれる人、たくさんの人と人のつながりがとても大切だ。「私、人が好きなのよ!」何度となく、彼女はそう言ったが、人との関わりが増えるほど、理不尽な思いをすることも多いはず。人間関係の悩みはどう解消しているのか。「若い頃は、自分と意見の合わない人には拒否反応を起こしていた」が、ある日、夫から「自分の物差しで測っていないか」と問われ、ハッと気づいた。以来、自分と違う意見ほど多く耳を傾け、大切にしているという。「足りないところを教えてください」と声をかけることで、自分自身も楽になれることが分かった。自分の意見を伝え、理解してもらいたいからこそ、人に対しても気を配る、誰にでもいつでも目線は同じ。
「人生を終える時、"頑張った!楽しかった!友達がたくさんいて助けてもらった!"と思えるよう、少し無理をしてでも何事にも挑戦し、達成感を味わいたい。"まあ、こんなもんでいいかぁ"と妥協するようになったら引退だと思う」と、使命と誠実に向き合う。
夜9時からは自分だけの時間。心許せる友人と電話でおしゃべり、読書、原稿作成等々、「60歳過ぎたら本当に楽しい!」と望月さんは笑う。「感性を養い、小さなことにでも感動できると、嬉しさ・楽しさは10倍になる」そうだ。2人の子ども達も巣立ち、定年退職した夫は望月さんの活動を静かに見守ってくれる。年齢を重ねるなかで、自分らしく生きることを大切にできる"自由"を実感し、人生を謳歌している望月さんの生き方に触れ、30年後の夢がふくらんだ気がした。

望月 弘子さんPROFILE
1941年1月27日中標津町生まれ。旭川での大学時代、人形劇サークルに所属。結婚・出産後は、家事育児に専念。子どもの成長とともに、子ども会や町内会活動に参加。現在、西町地区福祉のまち推進センター事務局長、民生委員・児童委員、宮の沢1条町内会青少年部長・女性部長。

2009年10月現在の情報です。詳細は各社公式サイト・電話等でご確認ください。