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多様性のある住まいづくり、地域に根ざした建築家として/アウラ建築設計事務所

アウラ建築設計事務所の山下一寛さんは、新冠町出身。八戸工大を経て東京の設計事務所で数年間勤めた後、札幌の設計事務所に転職し、10数年前に独立しました。設計事務所を開くまでの道のりや設計に対する考え方を徹底的にインタビューしました。

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事務所でインタビューに答える山下さん

設計事務所へ進んだきっかけは?

山下- 高校の頃、漠然と橋を作る仕事がしたいと思い、八戸工大の建築学科に入学しました。ところが、橋は建築じゃなくて土木。そんなことも知らないぐらい土木・建築には疎く、住宅の設計を最初から目指していたわけではありません。

入学してから友達の影響で建築の本をよく読むようになり、しだいに建築のおもしろさに目覚めてきました。4年生の卒業制作時に必死で勉強し、学内で1等賞を取って雑誌にも掲載され、建築の仕事を本気でやりたいと思うようになりました。

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山下さんが設計に携わった巨大な結婚式場は、当時の建築雑誌でも話題に

卒業後、東京の設計事務所に就職しましたが、2回目の仕事でいきなり大手ゼネコンに出向して巨大な結婚式場の現場で細かい実施図面を書くことになりました。バブル景気まっただ中の頃です。はじめは10人ぐらいの現場でしたが、後にどんどん人が増え、完成まで4年間ここで働き、現場のたたき上げでものづくりのポリシーを学びました。私は設計者というよりも施工者に近い立場で建築を学べたと思います。


現場には、選りすぐりのプロばかり集まりました。たとえば運送会社は、文化財を傷つけずに運ぶプロがやってきました。そんな現場で働いたので、毎日がゾクゾクするほど刺激があり、日々成長できました。


私は立場上、何でも仕事を引き受ける「便利屋」みたいな側面があり、現場で「山ちゃん」と呼ばれてかわいがられました。そのおかげでいろんな仕事を経験、吸収できました。現場では和洋折衷で巨大な結婚式場を当時最高の材料を使って作りました。たとえば和風の現場では宮大工だけで3チームぐらいありました。その宮大工用の図面は、最初は見ても全然意味がわかりませんでしたが、最終的には私も図面を書きました。デザインの仕事も手伝いました。ホテルのしつらえ方とかデザインのルールなども学びました。超一流の人たちをサポートして仕事する喜びがありました。

仕事はほんとに忙しく、終電で夜中の1時前に帰っても翌朝は5時に起き、朝6時半には現場に着いて職人さんたちとラジオ体操をする毎日でした。

充実した仕事でしたが、私は長男だったので北海道にいつか帰ろうと決めていました。もともと設計事務所らしい仕事がしたいとも思っていましたので、札幌で設計事務所に就職することにしたのです。その後経験を積んで独立しました。
 

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基礎部分の立ち上がりをさりげなく隠す植え込みなど、細部まで気を配った外観デザイン

 

住宅の設計で大事なことは何ですか。また、設計事務所にデザインを期待される方は多いと思いますが、良いデザインとは?

山下- お施主さまとご家族の話をうかがうことはもちろん大事ですが、実家や親戚との関係など、多様な視点で考慮する必要があると思います。これも、実家が大家族で親戚が多かった経験からです。さらに設計事務所を始めてから身内が多く亡くなり、長男である自分が札幌で仕事を続けていいのかどうかなど、いろいろ悩みました。

お客さまにも、家を建てた後、将来をどう考えているかなど、いろいろ聞いています。その結果、予算を減額する提案になることも。「営業下手だね」って人に言われることもありますが、ビジネスライクに進めることはなかなかできません。

設計の打ち合わせは、なるべくお客さまの家でやっています。それは、お客さまが普段どんな生活をされているのかを知った上で設計したいからです。たとえば、私をどう迎えてくれるか、収納の使い方など。お客さまのお話には含まれていない情報も自分の頭の中で消化し、設計に生かします。自分の作品を作るわけではないので、お客さまの情報が少しでも多くほしいのです。こうしたプロセスを経てプランとデザインを詰めていきます。

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商店街の路地裏にある事務所入り口

私個人の考えでは、「かっこいい」よりも「美しい」デザインが好きです。奇抜さよりも自然にそこにあるものの方が好きですね。

「美しい」デザインは、特別な材料を使わなくても実現できます。たとえば樹脂サッシにサイディング外装は、北海道の住宅ではごく一般的な組み合わせです。これも、窓の大きさや配置のバランスを整えることで美しい外観にできます。出しゃばらないように、ゴテゴテせずきちっとした感じ。人も同じですよね。ありふれた服を着ていても、座り方や着こなし方、しゃべり方でその人が「美しい」と感じます。

デザインするときは、ご主人の仕事ぶりを聞いて反映させることもあります。仕事内容などから、外観にカチッとした感じ、自由な感じなど、いろんな切り口が出てきます。さらに、植栽もデザインの一部として重要視しています。北海道の家は、地面から基礎の立ち上げが高いことが多く、40~50cm分あるので、基礎モルタルの露出面積が大きくなりがちです。そこで木を植えて目隠し代わりにしたいのです。

このように、家のデザインはただ、建物の形や色を整えるということではなく、いろんな角度から見て美しいと感じられるよう細かく検討しています。
最終的には、家の姿から家族やご主人の人柄がにじみ出るようにしたいですね。家からご主人が出てきた時に「意外ね」と言われるよりも、「この人らしいね」と言われるようなデザインになれば嬉しいです。

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「めるかーど」の内部

たとえば、先日完成した小樽の「めるかーど」というゲストハウス。元々ここはレストランだったところです。オーナーがデリカテッセンの販売に転身し、成功を収めたのですが、昔のお客さまが慕って元のレストランに訪ねてくることがあったそうです。ご主人は「今はレストランやってないからと追い返すようなことはしたくなかった」と、おもてなしの場を作りたい私に相談してきたのがきっかけです。

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取材で訪問した時も、キッシュなどでもてなしていただいた

ここで私はオーナーといろいろな話をしました。オーナーは人をもてなすのが好きで、私が打ち合わせに行くといつも晩さん会になりました。ワインを飲みながら、家と関係ないようないろんな話をします。でも、そこに重要なキーワードが隠されているのです。

そんな中、オーナーが店名に込めた思いも知りました。いろんな面で「まるい」ことを大事にされています。店名はスペイン語なのですが、カタカナにしなかったのも「カタカナは角張っているから」という理由でひらがな表記にしたそうです。

オーナーは多忙な方で、打ち合わせは1ヶ月に1回ぐらいのペースでした。そこで、私はいろいろ思いを巡らせながら、テーブルから室内のコーナーに至るまで「まるい」設計をしました。

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オリジナルの丸い照明が印象的
 

仕事を続けていく上で、どんな目標・ビジョンを持ってますか?

山下- 目標・・・そうですね。独立して事務所を開いたわけですから、「やっている以上は建築家として認められたい」ということが1つです。2つめは「地域に根ざした住まいの町医者のような存在になりたい」ということです。

まずは一般の方々から建築家として評価していただきたいという意味です。ですから、アート作品を作ろうということではなく、お客さまにご満足して評価いただける仕事を積み重ねていくことが大事だと考えています。

地域に根ざした事務所となるために、事務所をオープンな空間として開放し、「アウラ アクティビティ」という催しを不定期に開催しています。建築だけにとらわれず、いろんなテーマでやっています。地域のみなさんに学びの場を提供したいという思いから始めました。たとえば第1回は、道内で「エコビレッジ」と言われる環境に配慮したコミュニティを実際に作って運営している方を招き、イギリスの留学時代のエピソードなども含めお話しいただきました。建築関係者でない一般の方も広く集まり、これは良かったと思っています。一般の方々が多く集まることで新たな出会いが生まれます。

作品を生み出す根っこ(ベース)に価値観や考え方の多様性がないと、お客さまの期待に応えられる仕事ができないと思っています。アウラアクティビティの活動は、こうした多様性を育てていくのにますます必要で、これからも続けていきます。

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レトロな真駒内上町商店街の一角に事務所がある
事務所のある真駒内は、1960年代に「近隣住区理論」という都市計画理論に沿って、住民のコミュニティや安全性を重視した動線で作られた街で、住みやすさが魅力です。札幌の設計事務所に勤めていた頃、同僚が真駒内に住んでいて何度か遊びに行きました。「大学時代に教科書で学んだことをそのまま形にした、なんてぜいたくな街だ」と感激し、「子どもが生まれたらこの街に住もう」と思い、住まいも真駒内に移しました。
この事務所の窓からは、緑の公園や道路を行き交う人々が見えます。また、建物自体が商店街の中ですから賑わいがあります。商店街は、目の前の公園で毎年盆踊り大会をやるなど、地域のコミュニティに欠かせない場所です。
事務所は2階にありますが、ドアや窓は開けっ放しです。近所の方が「町内会のことなんだけど」と相談に来たり、時には野鳥が迷い込んだりします(笑)。だから、都心のマンションの一室で事務所を始めるという考えは元からありませんでした。今後は、もっと地域の人がたくさん来てあふれているような、そんな事務所にしたいですね。
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2016年02月現在の情報です。詳細は各社公式サイト・電話等でご確認ください。

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