加齢による身体機能の低下に対応する機能と元気な時も違和感なく暮らせる快適さを備えた落ち着いた佇まいの住まい。設計者の山下一寛さん(アウラ建築設計事務所)の立ち会いのもと、オーナーのAさんに家づくりのいきさつを聞きました。
車椅子でも自立した生活を
以前の自宅を子世帯に譲り、マイホームを新築したAさん。「ガーデニングが好きなので高齢者向けマンションではなく、庭のある一戸建てを選びました。これから建てるなら車椅子が必要になっても安心して住み続けることのできる家じゃないと」。自分なりに勉強して得た知識をベースに理想の住まい像を描いていたそうです。
当初はハウスメーカーと交渉を進めていましたが、バリアフリー仕様に加えて多趣味で活動的な今のライフスタイルに合った住まいを望んでいたAさんにとって満足できないプランでした。
そんな時、山下さんが設計した知人の家を見学。「型にはまらないユニークな設計がひと目で気に入り、すぐに図面を描いてもらいました。山下さんご自身も気さくでバリアフリー住宅の設計経験が豊富な方。プランの変更にも根気よく付き合って下さいました」。
昨年暮れに完成した新居は延床面積約35坪の現代和風の家。「子どもの代になった時、売却もリフォームもしやすい一般的なサイズにしました」。
1階は車椅子の使用を想定し、階段を中心としてぐるっと回れる動線上に玄関ホール―リビングダイニング―洋室―トイレ・浴室を配置。車椅子が無理なく通れる通路幅を確保しました。玄関ホールに上がり框がなく、床との段差がないフラットな構造。山下さんのすすめで床材に滑りにくい畳表のようなクロスを使用しています。和洋折衷のインテリアにもピッタリ。
「2階に寝室がありますが、歳をとったら1階で寝られるようにリビングの隣に洋室を造りました」。現在はソファとセンターテーブルを置いてセカンドリビングに。玄関先には将来車椅子で生活する時のことを考え、段差解消機とスロープを設置するスペースを予め確保しています。
安全性を追求したオープンな階段
「ポイントはこの階段!」。シンプルで開放的なデザインです。「階段の幅が手すりのところだけ少し広くなっているので安心感があります。勾配も緩やかで上り下りが楽」とAさん。踏み板には滑り止めのカーペットが埋め込まれています。カーペットを置く厚みの分だけ踏み板1枚1枚を削ったので段差がなく、カーペットの僅かな厚みに足が引っかかる心配がありません。細やかな気の配り方です。
階段の踊り場と洋室を隔てるワーロン紙(特殊強化紙)の障子を開放すると、2つの空間がスキップフロアのようにつながって閉めた時とはまるで違う雰囲気に。「吹き抜けみたいと言われます」。
通路と一体化した開放型のトイレ
トイレにも車椅子で生活しやすくするための工夫が。便器の両側に天井付けの引戸が付いていて2方向から出入りでき、閉めれば個室に変身。引戸を開けると将来寝室として使う予定のセカンドリビングと浴室を結ぶ直線通路に。
「トイレは独立しているものだと思っていたので山下さんからこの提案を聞いた時は正直、ちょっと戸惑いました。でも引き戸を閉めてしまえば普通のトイレ。遊びに来た友達も最初はビックリしますが、実際に使ってみたら全く気にならないみたいですね」。
便器の横には手すりがわりにも使える手洗い付き収納を設置。「天板の裏側に親指を掛ける溝が彫ってあるのでつかまりやすいですよ」。Aさんの説明がなければ見逃してしまうところでした。
「高齢になって体が衰えても自立した生活を送れるように設計した家ですが、お元気なうちは言われないと気づかないと思います。お友達がもっと歳をとった時この家を訪れたら、また新しい発見があるかもしれません(山下さん)」。
記者の目
トイレの壁を可動式にするという発想にまず驚かされました。シニアにとって暮らしやすく安全な住まいは子育て中の若い世代にとっても住み心地が良くて便利。いざという時に備えて早いうちから準備しておきたいですね。
2016年03月現在の情報です。詳細は各社公式サイト・電話等でご確認ください。