足寄町中心部から14㌔離れた芽登地区に昭和28年に夫婦で入植した大滝みつさん。酪農で生計を立て子どもを育て築62年の我が家で暮らしています。子どもは既に独立し家を離れ、ご主人も特養に入所する際、みつさんに「家のことは任せたぞ」と言い何年も使えるほどの薪を用意して家を出ました。
みつさんは平成26年9月に、布団の中で手のしびれを感じ、町から50㌔離れた帯広の北斗病院で脳梗塞→入院。5カ月ものリハビリ期間中、みつさんが願ったのは我が家で再び暮らすことでした。山形から集団で移住し集落を形成し家を建て、そこでともに助け合って生きてきたのです。買い物や病院が遠いなどという利便性うんぬんでも住宅の断熱性能や耐震性、キッチンやお風呂の使いやすさではないのです。そこで一生暮らしたいのです。
薪ストーブのお風呂です。ちなみに町が停電になっても、この人たちは全然平気です。煮炊きも暖房も薪ストーブがあるから全く困らないのです。
足寄町には脳梗塞などを発症した患者さんの手術や治療に対応可能な医療機関がなく、救急搬送先はほとんど50㌔離れた帯広の病院です。見知らぬ地のベットで過ごす高齢者は、病気の不安以外に大きな不安を抱えます。「退院後、家に帰ってちゃんと暮らせるだろうか」と。そこに現れたのが足寄町福祉課の職員です。何度もお見舞いに訪れるうちに、我が家への強い愛着を知った職員は、本人はもちろんリハビリの先生やお子さん達、そして町の福祉の専門家と協議を重ね、自分で料理ができるまでのリハビリプラン、お風呂にはデイサービスを利用、自宅には緊急通報装置などさまざまな対策を退院前に準備し、みつさんと子ども達が安心して退院の日を迎えられるように段取りをしたのです。
住民は困った時に役場に相談に行きます。でも足寄の先制的訪問相談支援は違うのです。入院中の高齢者や家族が将来を不安に感じ始める前に、頼まれてもいないうちに訪問して、不安が大きくなるまえに解決の段取りを付けてくれるのです。この取組。様々な効果を生んでいます。医療福祉行政の連携もすさまじいです。お父さんの認知症で苦労した町長。民間病院の事務長が役場職員として転身し改革に乗り出した経緯。インタビューの時間いっぱい高齢者福祉の重要性を熱心に話してくれたお医者さん。急激な改革をぐいぐい進めている社協。スゴいドラマです。詳しくはこちらの24ページを参照ください。
2015年05月現在の情報です。詳細は各社公式サイト・電話等でご確認ください。