妻(フリー編集者 39歳)。家族構成は夫(建設系メーカー会社員営業職 39歳)息子(8歳)娘(6歳)。
東京出身。夫は北海道の大地に魅せられ1992年に移住。妻は結婚を機に、2000年に移住する。春から秋には、家族そろってのキャンプと山登りを楽しみとしている。今ある状況のなかでいかに快適にまた便利さを工夫するかが、唯一の夫婦共通とする趣味(?)いや、これを突き詰めることに楽しみを見出す性根らしい。それゆえ、これまで何件かの借家生活はじつに充実したもので、自分流にカスタマイズするのを楽しんでいた。一生、気ままな借家生活でもかまわないと思ってもいたのである。
そんな私たちが、「棲家」(=持ち家=定住)を考え始めたのは2年前の2007年。転勤族である夫の赴任先(北見)での暮らしが10年近くなった頃から、それとなく「転勤」を意識しだしたのだ。今住む土地に、思い切り根を生やせない根無し草のようなふわふわと浮遊した気持ち。こんなにも土地に執着するのは、私たちが移住者だからなのか。これほど自分が心のよりどころというか安定を、土地に求めている人間だとは思わなかった。そんな悶々とした日々のなか、それまで思いもよらなかった「棲家」への思いが、ある日突然、堰を切ったように湧き上がった。「次は定住するか」。その言葉をどちらが切り出したろう。「棲家」への憧れは、心に潜伏していたウイルスのように発症し、みるみる増殖していったのである。
<写真:慣れ親しんだ道東のオホーツクブルーの空と澄んだ風が流れる風景。ここでの暮らしは北海道の自然を大いに満喫したものだった。>
そうと決まれば、行動派な単純夫婦。わが家の財政をよそに、貪欲に情報収集をし始めた。定住先は、実家(東京)へのアクセスの良さと夫の仕事を考慮して「札幌」に決定すると、市内各所にわたる物件探しを行った。子供たちが寝静まると、夫婦それぞれがそれぞれのパソコンへいそいそと移動する。そして、「札幌不動産情報」で検索ボタンをクリックするや、それぞれが選出した中古物件や新築物件をパソコン越しにプレゼンしあうといった家族会議が夜な夜な開かれたのだ。
<写真:子どもたちも思い思いに棲家を思い描いていたようだった。>
熾烈なディスカッションを経て、お互いの家に対する「こだわりどころ」が明らかとなる。
◆夫のこだわりどころ
1. 南向き(日当たり)
2. 低価格(2000万円前後)
3. リビングの広さ(20帖前後)
◆妻のこだわりどころ
1. 立地(高台で自然がある場所、海の近くが理想)
2. 古家(年月を重ねた雰囲気のある家を改造したい!)
3. 外観(サイディングと壁のあいだに空気が入ってパフパフした軽い感じは嫌い。できるだけサイディングじゃないものがイメージ)
約1ヶ月。かれこれ数十件は選出してきただろう。しかし、2人それぞれが示す「よい物件」は、相手の「よい」にかすりもしない。互いが提示する物件は、ひとつたりとも一致しないのである。図面上に書かれた数値のみで家の良し悪しを判断する夫と、写真の雰囲気やイメージだけで判断する妻。不動産選びの際に夫婦の価値観は明らかに違っていた。結婚9年。相手の価値観や感覚の違いは十分承知していたはずだが、一生一代の決断のときに、互いの新たな側面を知ることとなったのだ。
「この物件のどこがいいの?」(妻)
「え?ほらほら、ここここ。リビングが22帖もあるぞ。やっぱリビングは広くなきゃなぁ。この隅にオレのプライベートスペースを設けてだね...ふふふ」(夫)
「すったらもん、いらないわ。広けりゃいいってもんじゃないでしょ!こんな広いリビング落ち着かないし、しかも誰が掃除すると思ってんの?ったく」(妻)
「なに?お前のだって、こんな山の上なら冬道の運転はどうすんだ?ここなら吹雪きで会社に着くまでに遭難しちゃうぞ!」(夫)
これから新しい棲家を設けようとしているときに、2人の会議に発展的かつ建設的な要素は皆無であった。そして、焦りのあまりに敵対関係を深め、破滅的なやりとりによって、どちらかがふて寝して終わる始末。「よい物件」を理解してもらえぬ悔しさで眠れぬ夜が続くと、夫婦の是非まで突きつけられている気分に陥る。
本気ゆえに本音がぶつかる「不動産選び」。しかし、実はこれが棲家づくりの大切なベースとなる。この一見かみ合わない本音バトルが、自分と相手の理想を互いに植えつけ、自分たちに合うかたちをイメージしていくための重要な儀式だったとも言える。棲家を得た今、それをつくづく感じている。(続く)
<写真:大好きだった北見の借家。リビングの照明はすべて取り替え、家具は夫の手作りだった。棲家のイメージの基本となった家。>
2009年03月現在の情報です。詳細は各社公式サイト・電話等でご確認ください。