家を建てると決めたとき、何を最初に考えるでしょう。間取り?広さ?それとも…。ある夫婦の家づくりは、ちょっと変わったものとなりました。
大学を卒業してからも連絡を取り合っていた設計事務所「メグロ・アーキ・スタジオ」の目黒泰道(ひろみち)さんとは、建築に対する考え方や、好きな建築家なども一致する気の合う友人。Sさんが家を建てようと決めたとき、設計を依頼することにしたのは当然の成り行きでした。泰道さんは「こだわりを持ったSさんが提案に満足してくれるのか心配だった」といいます。
家づくりを終えた今、お互いが家づくりを振り返ります。
<写真右...「お茶の間」の掘りごたつに全員が集まってワイワイ話す>
Sさん夫妻
かつて建築を学び、住宅に関する知識も豊富なSさん。建てるなら、建築士に依頼する注文住宅と決めていた。長男・輝音(あきと)君(1歳7カ月)のためにも、納得できる家づくりに燃える。しかし妻は、マニアックな夫の話にちょっとついていけないところも...。
「メグロ・アーキ・スタジオ」目黒泰道・文佳(ふみか) さん
S邸の設計を担当した札幌の設計事務所。2人それぞれの持ち味を活かしたプランを提案する。一級建築士として互いに褒め合い、時にはけなし合いのバトルを繰り広げることもあるとか...。実はSさんと泰道さんは、同じ大学で建築を学んだ同級生。
それは「土間」から始まった
Sさん 設計段階で目黒さんに、いくつかキーポイントを伝えました。それは「土間」「広い庭」「開放的な子ども部屋」「子どもの動きに目が届くキッチン」があること。中でも「土間」は、どんな形でもいいから家の中に取り込んで欲しい、とリクエストしました。趣味の自転車いじりを家の中で楽しみたいと考えていたので。
泰道さん 普通は"何畳間を何部屋欲しい"から始まることが多いんですが、まったくそうではなかった。重要なキーポイントを絞り込んで伝えてくれたから、暮らしをイメージして設計しやすかった。
Sさん: 部屋の広さや数より、どうしたら充実した楽しい生活ができるのか、生活の質をまず考えましたね。庭が広くて家はコンパクト、というのが希望でした。
文佳さん: そこで提案したのが"お茶の間"をイメージした暮らしです。家の中に土間があることで縁側を作ることができて、目の前の庭と部屋のつながりも生まれる。腰かけたり、ゴロゴロしたりと自由に使えて、ひと昔前の日本の生活に近いところがありますね。
<写真左:メグロ・アーキ・スタジオの目黒泰道さん>
Sさん: 縁側は妻がすごく気に入ったスタイルです。座って庭を眺めたり、子どもが遊ぶのも見ていられるし、家族のコミュニケーションが取りやすいのがいい。
泰道さん: ソファなどの家具がいらなくなったことも大きいよね。作りつけのテーブルの下を掘りごたつのようにしたので、床に座ればいい。後でかかる家具の費用も抑えられる。
Sさん: ソファがあっても結局寄りかかって床に座るし、ダイニングテーブルを置いてかしこまった感じにしたくありませんでした。それに子どもと一緒の低い目線で暮らすほうが、子どもも安心するのかもしれません。
文佳さん: 柱や梁をそのまま出すことで、収納スペースとして利用できるようにしたから収納家具もいらない。これには断熱材を中ではなくて外に張る「外張(そとばり)断熱」という技術が欠かせませんでした。それに木の素地を隠さないできれいに見せるというのは、拓友建設さんの技術力があってこそできたことです。
特に天井のむき出しの梁は、きれいに収めるのが難しかったと思います。釘を見えないように打つなど、大工さんがひと手間ふた手間、かけているのがわかりました。会うたびに大工さんが「大変だよー目黒さん!」って。毎回必ずそう言うんですけどね(笑)。
<写真左...梁などの構造がきれいに見える2階は開放感たっぷり>
「ドアがない家」にびっくり!
泰道さん: この家は吹き抜けがあって天井が高く、開放感にあふれているのが特徴。オープンなスペースにするため、トイレとユーティリティ・浴室以外は部屋を区切るドアを作らなかった。Sさんはこの点に理解があったけど、奥さんには理解しがたかったんじゃないかな。
Sさんの妻: そうですね。家が欲しいね、と言っていた段階から夫の話を聞いていても「なんじゃそりゃ!?」っていうことばかり。特に「ドアがない」には驚きました。今まで住んでいた家にドアは必ずありましたから(笑)。仕切りのない家なんて全然想像がつかなかったけれど、目黒さんのお宅がドアのない家だというので、見に行ったんです。
<写真右...Sさんの妻と輝音くん>
泰道さん:建てることが正式に決まる前に「うち、見に来る?」って話になったのですが、たぶん衝撃を受けられたと思いますよ。「こんな家に住めるかっ!」って(笑)。
Sさん: 確かに無言だったよね(笑)。
Sさんの妻: オシャレな家だなーって思ってたんです!(笑) 実際にドアのない家に住んでみたら、想像と全然違いました。ドアがない分、子どもがどこにいてもすぐわかる。ドアを閉められてしまうと、中で何をしているのかわからないし気になりますよね。
<写真左...ドアのないオープンな2階子ども部屋。昼間は照明がなくても十分明るい>
Sさん: 子ども部屋も、子どもの個室の期間って短いと思うんです。中・高校生の時くらいで、独立して家を出ればもういらない。だから自由な空間にしておいて、部屋が欲しいといったらパーテーションやドアが簡単につけられるような作りにしてもらいました。
泰道さん: でもオープンなだけじゃ落ち着かない。たとえば子ども部屋は、居間からはまったく見えないようにしています。庭の塀も、家の中から外は見えるけれど、外からは見えない工夫をしました。オープンだけど居場所がある、という状況を大切にしています。
Sさん: 私はお酒を飲むのですが、家のあちこちで飲んでいます。どこにいても落ち着きますね。だからお気に入りの場所がまだ見つかってないんです。6月初めに完成してまだ1カ月ちょっとなので、これからじっくりベストポジションを探していきます。
Sさんの希望通りの出来といっても過言ではないS邸は、考え抜かれた設計を支える高い施工の技術があってこそ実現したと言えます。職人たちを率い、実際に家を建てた側から見たS邸とは。拓友建設の妻沼社長が語りました。
■家はキャッチボールから生まれる 拓友建設・妻沼澄夫さん
「メグロ・アーキ・スタジオ」さんとは、自社のモデルハウスを設計してもらったこともあり、お互いの考え方を共有できる間柄です。施工する職人は、みんな経験豊富。いろんな引き出しを持って対応できる人ばかりのチームだから、設計デザインの"わくわく感"を大切にしながらも必要な施工を行うことができます。今回は空間を自由に使いたいということで、「外張断熱」の施工技術が欠かせませんでした。断熱は我々が得意とする分野。すき間風の入りにくい気密性が高い工法なので、ドアがなくても暖かい家を作ることができます。だから冬でも、家の中では薄着で大丈夫。(Tシャツ姿のSさんに向かって)きっと今と変わらない格好で過ごせますよ。
<写真左...語るとどんどん熱くなる、拓友建設㈱社長の妻沼澄夫さん>
Sさんが何を言っても「どうしても」と譲らなかったのが、居間の大きな引き戸式の窓です。庭との一体感を出すために、他を削ってでも絶対必要ということでした。施工する側としては、コストを第一に考えてしまいがちですが、デザインする建築士、希望を叶えたい施主との3者が意見をぶつけ合いキャッチボールできてこそ、本当にいい家になります。今回はキャッチボールがとてもうまくいきました。
今、国の政策で「長期優良住宅」という寿命の長い家づくりの認定が始まっていますが、住む人の状況に合わせ変化させやすい家が、これから注目されるんじゃないでしょうか。そういう意味でもS邸は、どんな人が住んでも対応できる寿命の長い家になると思っています。
2009年08月現在の情報です。詳細は各社公式サイト・電話等でご確認ください。