“第二の人生”や脱サラで自分の店を持ちたい!と考える人は、わりと少なくないのでは?しかし、それには“お金”という難題が立ちはだかっているのも事実です。今回は、ほぼ当初の予算通りで希望の店舗兼住宅を手に入れたご夫婦を紹介します。
ドライブ中に入ってみたくなるお店
小樽中心部から道道956号沿いの峠道に入っていくと、やがて右側に明るい木造の建物が見えます。こちらが今回取材させていただく「Caffe えれめんと」。昨年11月にオープンしたお店です。ドライブでは、お目当てのお店が見つからず通り過ぎてしまうこともありますが、そんな心配は御無用。パッと目立ちながら、それでいて個性的過ぎない。片流れの赤い屋根、ブラウン壁、そして店名が入ったオレンジの玄関と、誰でも優しく迎えてくれそうな魅力を感じるお店です。
カフェの夢、現実はそんなに甘くなかった
若林洋子さんは、この「Caffe えれめんと」のママ。札幌市内に住んでいた5年前からカフェ経営の夢を温め、当初は自宅の1階でオープンするつもりでいたのだとか。
「ずっとコーヒーの勉強もしてきましたし、カフェ用に自分で調合した色を使って壁から天井までをせっせと塗り替えていました」(洋子ママ)。
ところが、急きょご夫婦は拠点を小樽へ移すことに。というのは、洋子さんの夫である若林省吾さんが長年勤めた札幌の会社を退職して、父親が経営している小樽の自然農園を継ぐことになったからです。
「ここは土地が広いから、いくらでも大きなものを建てられると思っていたんですよね」と話すのは、オーナーの省吾さん。「ところが、思ったよりもお金が必要なことに気づいたんです。例えば合併浄化槽の設置に100万円以上かかりましたしね」。
下水道が整備されていない地域では、生活排水を処理するための浄化槽も必要になるのです。ご夫妻が見込んだ予算は全部で約1500万円。いくつかの住宅会社に見積りを取ってもらいましたが、予算内に収まらないことが判明しました。
そこで登場したのが『ローコストの救世主』白田建築事務所の白田智樹さん。もともとは、洋子ママがパートをしていた飲食店で十年来の知り合いでした。
そこで、白田さんにプランを相談し、見積りを頼んでみたところ、お二人に光明が見えてきました。なんとか予算内におさまりそうだったのです。同時に白田さんが設計した建物をいくつか見学し、木をふんだんに使った感じがとても気に入ったそうです。
熟練大工の"現し"仕上げで木の魅力全開!
「この現(あらわ)しがいいんですよ!」と店内を見渡す洋子ママ。"現し"とは、普通は壁で隠してしまうような柱や梁などの構造材を、あえて見せる仕上げのこと。これも白田さんが手掛けた物件を見て決めたそうです。店内では露出しているマツの柱や梁そのものがウッディな雰囲気を醸し出しています。
"現し"は、家の外側をすっぽりと断熱材でくるむ外断熱方式だからできたこと。延床面積は24坪で居住スペースはその約半分と小さめですが、この"現し"のおかげで柱と柱の間は作品や本などを置く飾り棚としても使えて一石二鳥!
「慣れた大工さんじゃないときれいにできないんですよね」と、しみじみ話す白田さん。それだけ熟練が必要なのだそうです。こういった大工さんのネットワークを持っているのも白田建築事務所ならではの強みですね。
また、コストを抑えながら広く見せる工夫として片流れ屋根を採用しました。天井が高く空間の広がりを感じさせます。
その一方で、屋根が高い南側の客席カウンター上部には「天井が高いとお客さんが落ち着かない」(白田さん)、と区切りになるキャットウォークを設けました。これは、上部にある風通し用の窓を開閉するためにも利用するそうです。
キッチンカウンターの奥にある居住スペースは、12畳リビングに6畳の寝室、ウォークインクローゼット、洗面所や浴室などの水まわりと、ご夫婦2人の住まいとしては十分な広さ。暖房はガス床暖房のエコジョーズ。「ほんのり暖かいし、費用も安く済むのがいいよね」と省吾さんもお気に入りのよう。
施主の希望を尊重しつつアドバイスも
洋子ママはかなりのこだわりを持つ方。絵画は20年以上のキャリアを持ち、数年前からは造形作品の創作などアーティストとしても多彩に活動しています。
娘の愛さんによれば、「どんなものも自分の色にして人生を楽しんでいく母です」。だから、外壁や室内の壁の色を決めたのも、もちろん洋子ママ。
例えば、玄関については材料を何にするかを白田さんといろいろ試しながら、最終的にはモルタルを使いオレンジ色に塗ることに決めたそうです。「既に自分のイメージをしっかりと持っている方なので、色などは任せてご本人の意志を尊重しました。ただ、『このカラーだと木の地色が出てしまう』といったアドバイスはしました」(白田さん)。洋子さんは「せっかく自分自身で建てるんですから、希望通りに建てたかったんです」。そして「大手ではできませんよね」とバッサリ。
キッチンに面した客席のカウンターは、少し曲がりのある味わい深い一枚板です。「白田さんと、札幌の"木心庵"に行って見つけたんですよ」と洋子ママ。「あそこは、掘り出し物がありますからね」と微笑む白田さん。
やるとなったら徹底的という洋子ママは、コーヒーの淹れ方についても各地で修業、北海道に18名しかいないという『コーヒーマイスター』の資格を持ち、調理カウンターには値段を聞いたら驚くような本格派のエスプレッソ・マシンを備えています。
このマシンが置ける奥行きを取るために、白田さんはミリ単位の設計を何度も繰り返したのだとか。確かにカウンター向こうの調理スペースは狭め。その一方で、客席スペースは広々としています。「私がお客さんだったらホッとできる、楽しめる空間をつくりたいと思ったんです」。洋子ママの絵画やランプシェードなどの作品も、お店の中で自然に調和していました。
注文された野菜の搬入やアートの活動などもあり、洋子ママは札幌の旧宅とこちらを往復する生活を送っています。「夫は少し寂しいかもしれませんね」と話すママに、「いや、応援してますよ」と日に焼けた顔をほころばせる省吾さん。お二人それぞれが、イキイキとした生活を送っているようです。農園で採れる季節野菜をたっぷりのせたピザトーストはお店の名物メニューですが、これはいわばご夫婦の合作といえるでしょう。
若林ファーム、Caffe えれめんと
(冬季休業中、来年4月下旬オープン予定)
カフェは土・日曜、祝日の営業予定
http://www.cafe-element.com/
記者の目
洋子ママはアートに造詣が深く、しかもお客の目線をきっちりと捉えて店づくりをされていたことに感心しました。そのうえで、限られた予算での希望をクリアするために、建築家としての工夫とアドバイスを重ねていった白田さんと、洋子ママのコラボレーションが、まさに居心地の良いカフェをつくり出したようです。
2011年12月現在の情報です。詳細は各社公式サイト・電話等でご確認ください。