2022年夏、デザイン性の高いバリアフリー住宅や介護住宅を数多く手がけるアウラ建築設計事務所の山下一寛さんと若手設計者との共同設計による新居が完成しました。
オーナーの松原健(たけし)さんは 25 歳の時、就業中の事故の後遺症で首から下が動かせない肢体まひとなり、24時間介助が必要です。
ヘルパーさんの支援のもと、バリアフリー改造したマンションで暮らしていましたが、電動車いすで動き回れるスペースや動線配慮が不十分なことなどから新築を決意。
車いすで不自由なく暮らせる機能と建物としての美しさを兼ね備えたマイホームを拝見します。
「介護住宅っぽくない家を希望しました」
シンプルで美しい外観が印象的な松原邸。建物と一体化した車寄せと車2台分の専用駐車スペースを備えています。
この家でヘルパーさんの介助を受けながら、自立した生活を送る松原さん。
気さくな人柄で友達が多く、障がいのある人が一般社会で自立して生きていく大切さを訴える講演活動や障がい者ビジネスに精力的に取り組んでいます。
ご自身の家づくりについて「いかにも介護住宅という感じではなく、人が集まるカッコイイ家にしたかった」と語ります。
コラボによって若手設計者の感性が反映されたデザインに
家の中を案内していただく前に、松原さんと設計者の方々にお話を伺いました。
左からアウラ建築設計事務所の山下一寛さん、共同設計者の山田竜平さん(横河建築設計事務所)と林大樹さん(同)、松原さんです。
アウラ建築設計事務所との出会いは?
松原さん「アウラ建築設計事務所のHPで知りました。山下さんが設計する家はどれも車いすで生活しやすい造りでありながら、介護住宅っぽさを感じさせない工夫がされています。出来ないことは出来ないと現実的な回答をする建築家としての姿勢にも好感が持てました」。
共同設計に至った経緯は?
松原さん「山下さんと契約する前に、自分と年齢の近い若い設計者の意見も聞いてみたくて以前から面識のあった山田さんに連絡したのがはじまりです」。
山田さん「松原さんとは建築・福祉関連のイベントを通じて知り合いました。新築の相談を受け、設計者としてぜひ、関わってみたいと思いましたが、私が所属する設計事務所では住宅を扱っていません。そこで『個人として参加させて下さい』とこちらからお願いしました」。
林さん「もともと福祉の分野に関心があります。福祉施設の設計経験はありますが、住宅は初めて。介護住宅の経験が豊富な山下さんのノウハウと松原さんの生活の様子を実際に見て勉強させていただくつもりで参加しました」。
山下さん「松原さんが繋いでくれたご縁です。環境が違う設計者による共同設計は住宅の分野ではほとんど聞きません。お話をいただいた時は少しとまどいましたが、若い人の考え方を知る良い機会と捉え、チャレンジしてみることにしました」。
3人の役割分担は?
山下さん「特に決めていませんが、車いす・ストレッチャーの動線やベッドからの移乗に必要なスペースの検討は特に3人で議論を深めました。デザイン面でもそれぞれが異なる感性を持っているので、それらを重ね合わせていく作業は、普段の設計とは違う面白さがありました」。
大空間のリビングでホームパーティを仲間と楽しむ暮らし
それでは家の中を見せていただきましょう。
居住空間は2層分のリビング・キッチンボリュームとワークスペース・ベッドルームの低層ボリュームに分けられています。リビングとワークスペース間の間仕切り建具を開け放つとリビングとベッドルームが繋がり広いワンルーム空間が現れます。
ホームシアターがある全面吹き抜けのリビングは、お客さまと一緒に過ごすパブリックな空間です。
グレーの濃淡でコーディネートされたインテリアの中にナチュラルな木と黒のアイアン素材が入り、スタイリッシュで、居心地の良いデザインに仕上げています。床は車いすの歩行性に配慮し、コンクリートで仕上げています。
松原さんが食事に使うキッチンカウンターは電動車いすで真っ直ぐ入れる高さです。大勢が集まると、このカウンターとホームシアター周辺に人の輪が出来ます。
木製サッシ入りの大開口部の外には室内とフラットにつながる土間テラスがあり、リビングのコンクリートから外部の土間コンクリートまで連続性を持たせたデザインです。
リビングから車いすで出入りでき、気軽にアウトドアが楽しめます。
「子供8人を含む総勢17人でバーベキューパーティをした時には、とても盛り上がりました」と松原さん。普段、ヘルパーさんが寝泊まりしているロフトもキッズスペースとして大活躍しました。
空が見える天窓付きのベッドルーム
プライベートゾーンのベッドルームとワークスペース。突板ヘリンボーンのフローリングは松原さんのリクエストです。
ベッドで過ごす時間が長い松原さんのためにベッドルームには天窓を設置。寝ている状態で空が眺められます。
ベッドルーム手前のワークスペースは天井高を抑え、落ち着いた雰囲気に。
キッチンにいるヘルパーさんからベッドルームが見渡せます。
常時、ヘルパーさんと生活する松原さんですが、リビングとワークスペースの間の引き戸やベッド脇のロールスクリーンを下げることで互いのプライバシーを確保した空間にすることが可能です。
また、友人や家族など大人数が集まる際に生活感のあるベッドルームだけをロールスクリーンで隠し、手前のワークスペースまでリビング空間として利用することも出来ます。
介助もしやすい多機能なワークスペース
リビングとベッドルームの中間に位置し、普段は車イスでPC作業を行うワークスペースは浴室とも直結しており、ベッドからストレッチャー・車いすへの移乗スペースとしての重要な役割も担っています。
入浴する時はベッドにストレッチャーを横付けし、電動式介護用リフトで移乗。そのままワークスペースの左側にある浴室へ最短距離で真っ直ぐ移動します。
ワークスペースのそばには介護用リフトの収納場所を兼ねたウォークインクローゼットがあり、引き戸を閉めれば、介護機器が人目につきません。
左/使い終わったストレッチャーは浴室内で90度方向転換し、定位置に収納します。
右/松原さんのご両親が遊びに来た時やヘルパーさんのために、キッチン隣のランドリールーム側にも浴室の出入り口を設けています。
外出しやすい玄関廻り。雪対策も万全
冬でも外出しやすいように屋根付きの車寄せを設置したエントランス。構造を現しとすることで、構造部材が持つリズムを見せるデザインとしています。
玄関ドアは電動車いすが楽に通れる最大間口120cmの親子ドアを採用しています。
アプローチを真っ直ぐ進むと、バーベキューパーティの会場となった土間テラスがあります。
正面に窓がある明るい玄関ホール。電動車いすの通行に支障のない十分な通路幅を確保しています。
右側に見えるワイドな木製引き戸はリビングの出入り口です。扉の上下にはレールを出さないシンプルな機構の金物を採用しています。
左/ホール左側にあるお客さま用のトイレも車いす対応です。
右/出入り口には3段階で全開する吊り下げ式の引き戸を採用しています。
みんなでつくった活動的になれる家
リビングから土間テラスに出て外の風に当たる松原さん。「入居して2ヵ月経ちますが、思っていた以上に快適」と新居の感想を話してくれました。
「好きな時に車いすで外に出られます。玄関に段差があって外出するのが大変だった以前のマンションでは考えられません」。
狭いマンションでは車いすで自由に動き回ることが出来ず、ベッドで過ごす時間が長くなりがちだったという松原さん。今は動線に配慮した広い空間で活動的に過ごしています。
松原さんにとって1番嬉しいのは、親しい人たちを招いて楽しい時間を共有できるようになったこと。
「自分では思いつかないアイディアをたくさん提案してもらったおかげで仲間が集まる良い家になりました。みんなでつくったみんなの家だと思います」。
一般の住宅と変わらないおしゃれな介護住宅に定評のあるアウラ建築設計事務所。松原邸でも介護機器を露出させない工夫などがいくつも盛り込まれていました。
介護動線の要であるワークスペースに複数の機能を持たせることで建物をコンパクトにし、コストを抑えた設計手法もポイントの1つです。
カメラ スタジオスーパーフライ 大道 貴司
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